フィジカルAIの世界市場は、2040年に約55兆円へ拡大する予測があります。ただし、これは自動運転を除く分析であり、民間調査の成長率を延長した見通しです。
市場規模を事業検討に使う際は、自動運転を含むかといった調査対象の違いや、将来予測に用いた成長率の条件も確認することが重要です。
この記事では、フィジカルAIの定義、世界と日本の市場動向、成長の背景、普及に向けた課題を解説します。自社の事業との接点を考えられるよう、国内市場の推計と日本の政策目標も整理しましょう。
フィジカルAIとは?定義とロボットとの違い

市場の数字を比較する前に、フィジカルAIが何を指すかを解説します。ロボットの形だけでなく、周囲の情報を使ってどのように動作を決めるかがポイントです。
フィジカルAIとは、現実世界を認識して判断・行動するAIのこと
フィジカルAIは、画像や各種センサーから周囲の状態を捉え、ロボットなどの機器を動かして現実の作業を行うAIです。次の流れで「周囲の情報を取得する→状況に応じて動作を判断する→機器を動かす」という流れで考えると理解しやすいでしょう。
- 周囲の情報を取得する
- 状況に応じて動作を判断する
- 機器を動かす
人型かどうかで区別する言葉ではなく、設備や移動する機器も対象になり得ます。そのため、市場調査を読む際には、どの機器や技術を集計しているかの確認が欠かせません。
従来型ロボットとの違いは、事前に決めた動作の実行から状況への適応へ広がること
事前に動作や条件を設定する産業用ロボットは、決められた作業の反復に適しています。一方、フィジカルAIでは、学習した情報と現場で取得する情報を用いて、状況に合わせて動きを調整する能力が重視されます。
| 比較する点 | 事前に動作を設定する従来型の産業用ロボット | フィジカルAI |
|---|---|---|
| 動作の決め方 | あらかじめ設定した手順に沿って実行する | 学習した情報とセンサー情報を使って判断する |
| 環境変化への対応 | 設定した条件に合わせて動作する | 対応可能な範囲で動作を調整する |
ただし、フィジカルAIがあらゆる変化に対応できるわけではありません。動かせる作業や環境の範囲は、用途や設計によって異なります。
世界におけるフィジカルAIの市場規模と今後の推移

フィジカルAIの世界市場は、今後どのくらいの規模に成長すると見込まれているのでしょうか。ここでは、公的資料に示された市場予測をもとに、バーティカルAIとの比較やAIロボット市場の見通しを紹介します。
フィジカルAI市場は2040年に約55兆円へ拡大する予測
内閣府・経済産業省の資料(第1回AI・半導体WG 事務局説明資料)では、フィジカルAI市場は2035年に約12.5兆円、2040年に約55兆円とされています。民間調査を引用した予測で、自動運転は対象外です。
2040年の値は、2036年以降も年34.4%の成長が続くと仮定した延長計算です。同資料は、特定の業界・業務に特化したバーティカルAIも2040年に約35兆円へ拡大すると予測しています。
フィジカルAIとバーティカルAIの市場予測を比較
バーティカルAIは、医療・金融・物流・製造など、特定の業界や業務に特化したAIエージェントです。物理的な作業をおこなうことに着目するフィジカルAIとは、分類の観点が異なります。
| 区分 | 民間調査の予測期間内の値 | 延長計算による2040年の値 | 資料が示す年成長率 |
|---|---|---|---|
| フィジカルAI(自動運転を除く) | 2035年:約12.5兆円 | 約55.0兆円 | 34.4% |
| バーティカルAI | 2034年:約10.8兆円 | 約35.0兆円 | 21.6% |
両者は、民間調査の予測期間の終わりが1年異なります。フィジカルAIは2026〜2035年の成長率を2036年以降へ、バーティカルAIは2025〜2034年の成長率を2035年以降へ延長した値です。
また、表の条件ではフィジカルAIの成長率が上回りますが、いずれも政府が実測した統計ではありません。
AIロボティクスでは、AIロボット市場の拡大が見込まれる
AIとロボティクスを組み合わせるAIロボティクスでも、市場の拡大が見込まれています。2026年6月24日の官民投資ロードマップ案では、AIロボット市場は2030年頃から急拡大し、2040年に約60兆円規模へ成長する見通しが示されました。
このロードマップは、フィジカルAIの実装先のうちAIロボットを中心に策定されています。前項の約55兆円とは別資料の対象・推計であり、改訂後の数字として置き換えたり、両者を合算したりすることはできません。
参考:
経済産業省「第1回AI・半導体WG 事務局説明資料」(https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai-semi_wg/1kai/shiryo4.pdf)
経済産業省「戦略17分野における「主要な製品・技術等」の官民投資ロードマップ(案)」(https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2026/0624_shiryo03.pdf)
日本におけるフィジカルAIの市場規模と将来目標

日本の動向は、国内で取引される関連製品・サービスの市場規模と、日本が世界で獲得を目指す市場規模に分けて捉えます。前者は民間の調査、後者は政策上の目標です。
国内のフィジカルAI関連市場は2025年度に2,536億円
デロイト トーマツ ミック経済研究所は、2025年度における国内のフィジカルAI関連製品・ソリューション市場を2,536億円と発表しています。なお、これは政府統計ではなく、民間調査会社による推計です。
| 対象年度 | 市場規模 | 前年度比 | 数値の位置付け |
|---|---|---|---|
| 2025年度 | 2,536億円 | ー | 調査で示された市場規模 |
| 2026年度 | 2,981.4億円 | 112.8% | 予測 |
| 2027年度 | 3,916億円 | 131.3% | 予測 |
出典:デロイト トーマツ ミック経済研究所「フィジカルAI関連製品/ソリューション市場動向 2026年度版」
調査対象は、AIを活用する産業用・ヒューマノイドロボット、サービスロボット、ドローン、AIビジョン・制御・基盤の4領域です。国内のフィジカルAI全体を網羅した数字とは区別しましょう。
この調査は、国内の関連製品・ソリューション市場の動向を把握するための資料です。世界市場の予測とは対象範囲が異なるため、国内市場の成長を示す数値として捉えましょう。
AIロボティクス戦略は、世界市場での獲得目標と国内実装を掲げる
AIロボティクスに関する関係府省連絡会議が決定した戦略では、社会実装と産業競争力の強化を進める方針が示されています。目標は、米国・中国に並ぶ第三極として、2040年に世界シェア3割超を通じて20兆円の市場を獲得することです。
「20兆円」という数字は、日本が世界市場で獲得を目指す目標値です。国内需要の予測や、達成が確定した市場規模として扱わないようにしましょう。
国内では、潜在的な導入需要を具体化し、稼働した現場のデータを評価・検証やモデル改善に戻すことで、導入先を広げる考え方が示されています。
出典:経済産業省・NEDO「『ロボット基盤モデルの研究開発』公募説明会資料・戦略概要」(https://www.nedo.go.jp/content/800056040.pdf)(※1)
フィジカルAI市場の拡大が見込まれる4つの背景

市場の成長を支えるのは、現場の需要、技術開発、供給体制、政策支援です。普及を後押しする4つの背景を順に整理しましょう。
フィジカルAIにおける市場拡大の背景1:人手不足と、現場作業を省力化する需要の高まり
少子高齢化による労働力の減少は、製造・物流・建設・介護などの省力化需要につながっています。必要なのは、文章作成の自動化に加え、物を運ぶ、扱う、設備を点検するといった現場作業への支援です。
フィジカルAIは機器を通じて作業を実行できるため、こうした需要への対応が期待されます。市場を見る際には、AIへの関心の高さに加え、どの現場に省力化の必要があるかを合わせて考えることが大切です。
フィジカルAIにおける市場拡大の背景2:基盤モデルの進展と、学んだ動作を実機に移す技術の発展
基盤モデルとは、大量のデータを学習し、幅広い作業に応用できるAIモデルです。ロボットの開発でも、画像と言葉をもとに動作を生成するモデルが注目されています。
シミュレーションでは、物体の配置や照明などを変えて学習・検証用のデータを作れます。実機で収集するデータを、仮想空間で生成する多様なデータで補える点が利点です。現実とのずれへの対応は、後述する普及上の課題として確認しましょう。
フィジカルAIにおける市場拡大の背景3:量産化によるハードウェア価格の低下への期待
量産化による機器価格の低下は、フィジカルAIの普及を後押しすると期待されています。技術の向上に加え、機器を量産できる体制の整備も、市場の本格的な拡大を支える要素です。
こうした価格低下を実現するには、量産に向けた開発・設備への投資と、それを支える需要の確保が欠かせません。政府資料でも、導入コストを下げるための技術開発・量産投資と、初期需要の創出が課題に挙げられています。(※1)
機器の価格だけでなく、供給体制と導入需要の両面を見ることが重要です。
フィジカルAIにおける市場拡大の背景4:国による研究開発・導入支援と投資の後押し
国は、国産AIモデルの開発や現場データの収集に加え、ロボット・重要部品の設計・製造能力の強化を支援する方針です。導入する側にも支援策を講じ、公共調達などを通じた需要の確保を目指しています。(※1)
開発と導入の両面を支えるこうした政策は、企業の投資を後押しし、フィジカルAIの普及につなげる狙いがあります。
フィジカルAIの普及に向けたリスク・課題と対策

成長予測を事業計画に生かすには、普及の障壁も把握する必要があります。技術の適応、安全性、継続運用、産業基盤という4つの観点から解説します。
シミュレーションで学んだ動作を実際の現場に適応させる
仮想空間で動いたフィジカルAIが、現場でも同じように動くとは限りません。センサーの誤差や照明、機器の経年劣化などが、シミュレーションと実際の動作に差を生みます。
対策の一つが、学習する環境条件を意図的に変える「ドメインランダマイゼーション」です。特定の条件への偏りを抑えるとともに、実機データを集めて学習へ戻す運用も必要です。
人との接触リスクを抑え、安全に稼働させる
人と同じ空間で働くロボットでは、狭い通路やレイアウト変更も接触リスクに関わります。機器の性能に加え、通路幅や動線を整える視点が必要です。
機器側では、人の接近時に停止させる仕組みなどを組み込みます。AIの判断だけに依存せず、ハードウェア側にも安全のための設計を持たせる考え方です。
費用回収と継続運用を支える体制を整える
導入件数が増えても、事業として採算が合うとは限りません。現場で価値を生み続け、費用を回収できる運用モデルが必要です。
PwCの提言では、AIの知識に加え、現場工程、安全、制御、データ管理を横断して扱える人材が重視されています。継続運用を支えるには、ロボットや部品のメーカーと、システムを組み合わせて現場へ導入する事業者との連携も重要です。
計算基盤と電力供給を一体で整備する
フィジカルAIの普及には、計算処理を担う設備だけでなく、電力供給や熱の管理も必要です。ロボットの増加に伴い、現場の電力需要が導入の制約になる可能性もあります。
そのため、普及を支える産業基盤として、計算設備と冷却・排熱・蓄電などの仕組みを一体で整えることが求められます。
まとめ:フィジカルAIの市場規模は、対象範囲と成長の条件を合わせて捉えよう
- 市場予測は、対象年・対象範囲・成長率の延長条件と合わせて読む
- 日本の世界市場での獲得目標と、国内需要の推計を区別する
- 人手不足や技術進展などの成長背景と、適応・安全・運用上の課題を合わせて見る
市場データを比較する際は、予測の対象年だけでなく、含まれる技術や製品の範囲をそろえて読むことが重要です。国内需要の推計と、日本企業が世界市場で目指す獲得規模も分けて捉えましょう。市場拡大への期待とともに、現場への適応、安全性、費用回収や継続運用の条件まで確認する必要があります。
自社の事業との接点を考える際は、市場規模の大きさに加え、どの現場で導入需要があり、自社の技術やサービスを生かせるかにも目を向けてみましょう。

